広島高等裁判所松江支部 昭和33年(ネ)114号 判決 1959年4月15日
控訴人 原告 和崎善一
訴訟代理人 梅村義治
被控訴人 被告 三輪盛市
訴訟代理人 錦織幸蔵
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は、控訴人に対して金十五万円およびこれに対する昭和三十年四月十一日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は、控訴人において金四万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
控訴人の主張は(イ)本件残代金一五万円の支払期限は当事者間の約定により昭和三〇年四月一〇日と定められた(ロ)被控訴人主張の特約ならびに時効の抗弁はいずれもこれを否認する、と述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。
被控訴人の陳述したところは次のとおりである。
(一) 控訴人主張の立木売買の成立(ただし後記の特約がある)ならびに残代金一五万円を約定の右四月一〇日に支払わなかつたことは認める。
(二) 右売買契約には、本件立木が見積石数一、二〇〇石に充たないときは、控訴人において不足する石数に相当する代償の立木を提供する旨の特約がされていたところ、その実石数は六〇四・八八石で約五九六石不足があつたので、被控訴人は控訴人に対し右不足の事実を通知し代償立木の提供方を求めたのに未だこれが提供を受けていない。したがつて被控訴人は右提供を受けるまで本訴残代金の支払を拒絶する。
(三) 仮りに右支払を拒み得ないものとしても、控訴人は被控訴人の右請求によりおそくとも昭和三〇年四月一〇日までにはこれに応ずべきであるのにその不履行の為め被控訴人はその頃三〇万円の損害を蒙つたのでこの損害賠償債権をもつて本訴残代金債権と対当額において相殺する。
(四) 右主張がすべて認められないとすれば、被控訴人は短期二年の消滅時効を援用する。すなわち、控訴人は農業経営の一環として山林経営をなし本件立木も控訴人所有の山林で生産したものであるから、その売買代金は民法第一七三条第一号所定の生産者が売却した産物の代価であるところ、控訴人は履行期後被控訴人に対して履行の請求をしていないから本訴債権はその翌日である昭和三〇年四月一一日から二箇年の経過により本訴提起前既に時効により消滅した。
証拠として、
控訴人は甲第一、二号証を提出し、原審および当審において控訴人本人の尋問を求め、乙第一号証の一、二は不知とこたえ、
被控訴人は乙第一号証の一、二を提出し、原審証人石川隆市、原審および当審証人高橋政太郎と原審および当審において被控訴人本人の各尋問を求め、甲第一、二号証の成立を認めた。
理由
控訴人主張の立木売買契約が被控訴人との間で成立し、同人は代金八〇万円のうち六五万円を支払つたが残代金一五万円については約定の昭和三〇年四月一〇日を過ぎても支払をしなかつたことは当事者間に争がない。
被控訴人は右売買契約には、売主たる控訴人が一、二〇〇石の立木のあることを保証し不足石数については他の山からこれに相当する立木を提供する旨の特約があつた旨主張するけれども成立に争いのない甲第一号証、売買の契約書には伐採期間、代金額およびその支払方法と種松十本を控訴人の為めに残置する旨の記載があるのみで右特約については全然記載がなく被控訴人の山林台帳と認められる乙第一号証の一、二には立木代一、二〇〇石分の記載があるけれども、これのみでは右証拠となし難い。また当審証人高橋政太郎、原審および当審における被控訴人本人は、右特約は紳士的にやろうというので契約書に記載せず口頭で約定した旨供述するけれども、次の理由により措信できない。すなわち前記証人高橋政太郎(一部)と当審における控訴人本人の各供述によれば、本件立木代金支払として、契約成立と同時に五〇万円の現金と金額三〇万円の先日附の小切手一通が控訴人に交付されたが、昭和三〇年一月二五日被控訴人の代理人高橋政太郎が現金一五万円と同年四月一〇日振出の金額一五万円の小切手一通を控訴人方に持参して支払の猶予を乞い右三〇万円の小切手の返還を受けているところ、当時本件買受立木はほとんど伐採が完了しているのに、高橋政太郎から控訴人に対し石数の不足についてなんら言及していないことが明らかである。のみならず被控訴人主張の如く石数を確保して取引したのに本件立木の数量検査は買主である被控訴人に一任するのみならずその通知すらしないということ(前記被控訴人本人の供述参照)は、いかに紳士的に事を運ぶとはいつてもとうてい通常の事例とは考えられないのである。
他に右特約の存在を確認するに足る証拠はないからその存在を前提とする被控訴人の主張はすべて失当というべきである。
ついで時効の抗弁について検討する。
民法第一七三条第一号にいう「生産者」とは、同号に卸売商人と小売商人とならべて書いてある点からみれば、生産を業とする者と解するのを相当とするから、山林所有者であつても山林の経営を業としているのでなければ右「生産者」にあたらないものといわねばならぬ。控訴人が林業を営んでいることを認める証拠がないからこれを右生産者と認め難いのみならず、同条第二号第三号所定の債権についてはその金額も少なく関係書類の作成されることも稀であることを考えれば、右第一号所定の債権も買主が自己消費するために買い受ける場合のように日常頻繁に行われる小口の取引により生じたものであつて買主が商人として商取引した場合の売掛代金債権は包含しないものと解すべきである。このことは商取引については商法第五二二条のいわゆる商事時効の規定があることによつてもこれをうかがうに難くない。前記被控訴人は製材および木材の売買を業とする商人であつて、本件売買もこれを他に転売して利得するために行われた商取引であることが明らかであるからこの点からいつても本件債権は二年の短期消滅時効にかかることはないものといわねばならぬ。そこで前記時効の抗弁も失当として排斥を免れない。
されば被控訴人の主張はすべて理由がなく、本訴売買残代金の支払請求を拒むいわれがないので控訴人に対しその請求に係る残代金一五万円の支払は勿論、その履行期の翌日たる昭和三〇年四月一一日から支払ずみまで右に対する年五分の割合による損害金を支払うべき義務があり、控訴人の本訴請求はすべて正当として認容すべきものであるのに、これを棄却した原判決は不当であつて取消を免れない。本件控訴は理由がある。
よつて民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 藤田哲夫 裁判官 熊佐義里)